以心伝心
2006年6月1日昨夜、ギンヤンマのヤゴが木の棒に登りはじめた。羽化の始まりだ。何度見ても神秘を感じる。背中を割って現れるトンボが、羽根を拡げるまでの数時間を楽しみにしていたけれど、眠くてたまらず途中で眠ってしまった。今年はギンヤンマのヤゴが4匹もとれて、まだ残り3匹いるからまぁいいかと思って。
朝、起きてくると、カーテンにくっついているはずのトンボがいない。どこを探してもいない。本当にいない。
猫の目を見る。
わたしの目を見ようとしない。「おまえ、食べたの?」と訊くと、背中をこわばらせるではないか! この動作を人間風に翻訳すると「やべっ!」なのだ。「つめを切ろうかな」とか「さぁ病院に行こうかな」と口にすると、耳を伏せ背中をきゅっとこわばらせる。そんなの見なくても本当はわかっていた。15年も一緒にいると以心伝心するものだ。
羽化したてのトンボは全てが柔らかかったのだろう。羽根ひとつ残っていない。残されたのは、木の棒にしっかりとつかまったままの立派な抜け殻だけ。
朝、起きてくると、カーテンにくっついているはずのトンボがいない。どこを探してもいない。本当にいない。
猫の目を見る。
わたしの目を見ようとしない。「おまえ、食べたの?」と訊くと、背中をこわばらせるではないか! この動作を人間風に翻訳すると「やべっ!」なのだ。「つめを切ろうかな」とか「さぁ病院に行こうかな」と口にすると、耳を伏せ背中をきゅっとこわばらせる。そんなの見なくても本当はわかっていた。15年も一緒にいると以心伝心するものだ。
羽化したてのトンボは全てが柔らかかったのだろう。羽根ひとつ残っていない。残されたのは、木の棒にしっかりとつかまったままの立派な抜け殻だけ。
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