秋のイントロ
2005年9月28日
写真は撮れなかったけれど、彼岸花も満開。夏の花もまだがんばって咲いているけれど、秋のイントロが堂々と流れ始めています。今日は農園でハーブを使ったアレンジメントを習ってきました。ハーブティーをいただいたり、教えてくださった先生方と談笑したり、思いがけないプレゼントをいただいたりして、なんだかとても幸せ。やはり人の間にいるのがいい。風を感じられる場所がいい。土の上に立っているのがいい。日に焼けちゃうけど太陽も大好き。虫も花も葉も波も、みんな大好き。
予約
2005年9月28日
金木犀が咲いたら、1時間だけでもいい、一緒に散歩しよう、と予約を入れました。昔も誰かとそんな約束しました。ここ何年かひとりで歩きました。今年はちゃんと予約しました。日替わりで、大事な人たちと、鼻腔拡げて、散歩します。一緒に歩く人が「トイレの芳香剤の匂いだよねえ、コレ」なんて言わないといいなぁ。
結婚指輪を外すべきとき
2005年9月25日雨降りで運動会は延期。でも山崎まさよしのライブは延期にならなかった。会場は屋外。横浜赤レンガパークの芝生の上。まるでペンギンになっちゃったみたい。「お互いの体温であたたまりあって!」と声をかけられて、雨風にとことんさらされた観衆は、なるほどこうして温まってるんだねペンギンは、と、ちょっぴり彼らの気持ちがわかったような気がした。最初のうちは徐々に濡れてくるスカートや、ふやけてくる指先が気になって仕方なかったけど、中盤からは全てを忘れて体全部で音の中に入り込んだ。手をたたきすぎて右手の薬指が痛い。左手の結婚指輪があたっていたから。次にライブに行くときには指輪をはずして行こう。
ブームにのって
2005年9月22日17・18・19日の連休は、赤坂プリンスホテルで開催されていた「YogaFest」に通い詰めだった。ものの見事にブームに乗っかっているわたし。ちょっと恥ずかしいけれど、ヨガは楽しい。新体操を辞めてからもストレッチだけは、この20年間欠かしたことがなかった。筋を伸ばすのがとても気持ちのいいことだからやめられなかった。
yogaについての知識は「オウム真理教への入り口はヨガ教室だった」というところで、アップデートが止まっていた。空中を飛べると豪語する例の(名前を呼びたくない)あの人の映像が今でも脳裏を過ぎる。サンスクリット語の響きもすべてあの宗教を思い出させる。薄気味悪いと思っていた。
そんなふうにヨガに対する印象は「最悪」だったんだけれど、7月の初めごろ地元にある農園に遊びに行ったとき、ある婦人と出会ったのがきっかけで180度変わってしまった。品のよい年齢不詳な笑顔のかわいらしいその女性とは初対面だったんだけれど、15分くらい行動を共にし語らった。そのたった15分の間に「ヨガを一回やってみるのもいいわよ、きっと」と勧められて、その次の週にはもう勧められたクラスに体験参加していた。
以来、ずっとハマっている。
家族の中でのわたしの主な仕事は、ハウスキーピングとそれからバランサー。それぞれに違うリズムを刻んで生きている家族の中心にいて「あらよっと!」と臨機応変にバランスを取りながら、体や心やスケジュールの調整をする役目だ。でもだからって「自分のことはいっつも後回しなの」なんて愚痴るような生活は送りたくない。時々「絶対にこの日は譲らないよ」という日を作り、自分のためだけに使う。でもやはりそれができるのはせいぜい月に1〜2回。家族の今の状況からは、継続的にスタジオに通うのはとても無理。来春までは、切れ切れに出かけることしかできない。なのでDVDを数種類買ってきて自宅でこつこつやり始めてもうじき3ヶ月。
最初の数週間は、地獄の筋肉痛と筋違えで身もだえした。でもやめられない。ある種の中毒効果がヨガにはあるんじゃないかと思う。優れたインストラクターの元で一度体験するとわかると思うのだけれど、レッスン修了後、なんともいえない爽快感を味わえることがまずひとつ。それからもうひとつは、心を鎮めるのに本当に役に立つからかなぁと思う。
3日間のヨガ三昧経験を終えて感じるのは…
もしかしたらヨガを題材にした映画ができちゃうかも。Shall We Dance ? みたいな。もちろんその中には竹中直人さんが出演されていて、ものを拾うときにも必要以上に体を曲げて、べったり床に手のひらをつけてからゆっくりと起きあがったり、やたらと体をねじったり、もちろん妙に体が柔らかくて、目をやさしく閉じて呼吸を整えたりする場面が多発するんじゃないかなぁって思うの。
そんな映画ができたらきっとおもしろいだろうなぁ。絶対に観に行くよ。
会場にはいろんな年代の人間が来ていたけれど、みんな美しかった! 背筋がピンと伸びていて、凛々しくて。これから死ぬまでヨガを続けようと思っています。やっと長い間のストレッチが報われたって感じなんですもの。
yogaについての知識は「オウム真理教への入り口はヨガ教室だった」というところで、アップデートが止まっていた。空中を飛べると豪語する例の(名前を呼びたくない)あの人の映像が今でも脳裏を過ぎる。サンスクリット語の響きもすべてあの宗教を思い出させる。薄気味悪いと思っていた。
そんなふうにヨガに対する印象は「最悪」だったんだけれど、7月の初めごろ地元にある農園に遊びに行ったとき、ある婦人と出会ったのがきっかけで180度変わってしまった。品のよい年齢不詳な笑顔のかわいらしいその女性とは初対面だったんだけれど、15分くらい行動を共にし語らった。そのたった15分の間に「ヨガを一回やってみるのもいいわよ、きっと」と勧められて、その次の週にはもう勧められたクラスに体験参加していた。
以来、ずっとハマっている。
家族の中でのわたしの主な仕事は、ハウスキーピングとそれからバランサー。それぞれに違うリズムを刻んで生きている家族の中心にいて「あらよっと!」と臨機応変にバランスを取りながら、体や心やスケジュールの調整をする役目だ。でもだからって「自分のことはいっつも後回しなの」なんて愚痴るような生活は送りたくない。時々「絶対にこの日は譲らないよ」という日を作り、自分のためだけに使う。でもやはりそれができるのはせいぜい月に1〜2回。家族の今の状況からは、継続的にスタジオに通うのはとても無理。来春までは、切れ切れに出かけることしかできない。なのでDVDを数種類買ってきて自宅でこつこつやり始めてもうじき3ヶ月。
最初の数週間は、地獄の筋肉痛と筋違えで身もだえした。でもやめられない。ある種の中毒効果がヨガにはあるんじゃないかと思う。優れたインストラクターの元で一度体験するとわかると思うのだけれど、レッスン修了後、なんともいえない爽快感を味わえることがまずひとつ。それからもうひとつは、心を鎮めるのに本当に役に立つからかなぁと思う。
3日間のヨガ三昧経験を終えて感じるのは…
もしかしたらヨガを題材にした映画ができちゃうかも。Shall We Dance ? みたいな。もちろんその中には竹中直人さんが出演されていて、ものを拾うときにも必要以上に体を曲げて、べったり床に手のひらをつけてからゆっくりと起きあがったり、やたらと体をねじったり、もちろん妙に体が柔らかくて、目をやさしく閉じて呼吸を整えたりする場面が多発するんじゃないかなぁって思うの。
そんな映画ができたらきっとおもしろいだろうなぁ。絶対に観に行くよ。
会場にはいろんな年代の人間が来ていたけれど、みんな美しかった! 背筋がピンと伸びていて、凛々しくて。これから死ぬまでヨガを続けようと思っています。やっと長い間のストレッチが報われたって感じなんですもの。
そうかそうか。ふらりふらりと出て行った言霊は、寝て起きたらまたわたしの体の中に自然に帰ってきているものなんだ。よかったよかった。わたしの心が誰かの前でヌードになったとしても、なにも奪われるものはない。いわゆる「減るもんじゃなし」ってやつなのです。
最近つくづく思う。
わたしの周りにいるひとたちみんな、ものすごくすてきな人たちばかりなんだなぁって。もののとらえ方、考え方、生き方、話し方、立ち方、姿勢、笑顔のしわ、手のかたち、目の奥の光、どれをとっても本当に魅力的。新しく出会ったひとからは会うたび新鮮な風を受けて当たり前だと思っていたけれど、旧知の仲の相手からもとても清冽な風が吹いてくる。時の影はとどまることがない。
最近つくづく思う。
わたしの周りにいるひとたちみんな、ものすごくすてきな人たちばかりなんだなぁって。もののとらえ方、考え方、生き方、話し方、立ち方、姿勢、笑顔のしわ、手のかたち、目の奥の光、どれをとっても本当に魅力的。新しく出会ったひとからは会うたび新鮮な風を受けて当たり前だと思っていたけれど、旧知の仲の相手からもとても清冽な風が吹いてくる。時の影はとどまることがない。
言霊
2005年9月20日言霊って言葉を忘れて、言葉を使いすぎてしまったよ。
ものすごーく 今 パワーが下がっているのを感じる。
忘れていたの、調子にのって、いろんなことを。
どうやったら水の上に出られますか?
ものすごーく 今 パワーが下がっているのを感じる。
忘れていたの、調子にのって、いろんなことを。
どうやったら水の上に出られますか?
ひと夏の経験がわたしを
2005年9月16日 読書
今日は半年ぶりに教室で絵本の読み聞かせをしてきました。家ではいつも通りに自分のむすめたちに読み聞かせていたのですが、やはり学校で読むとなると、聴衆の数がまるで違うので不安な気持ちを抱いて家をでました。
でもいざ本番となって教室に入っても、ページをめくっても、不思議なくらい心が静か。人と話すとき、ものを声に出して読むとき、心が静かだとなんて楽なんだろう。子どもたちの表情や気配を味わいながらの10分間は、本当に素敵なひとときでした。
この夏、声をほめてくださった方が二人もいたおかげかな。
やっぱり人は、子どもでも大人でもなんら変わりなく、ほめられてこそ、認められてこそ、伸び伸びできるのですね。こんなふうに自分の体で「わかった!」って得られた経験を忘れないで暮らしていきたい。誰かのスペシャルを嗅ぎ分けたら、すかさずわたしも声に出して認めよう。
でもいざ本番となって教室に入っても、ページをめくっても、不思議なくらい心が静か。人と話すとき、ものを声に出して読むとき、心が静かだとなんて楽なんだろう。子どもたちの表情や気配を味わいながらの10分間は、本当に素敵なひとときでした。
この夏、声をほめてくださった方が二人もいたおかげかな。
やっぱり人は、子どもでも大人でもなんら変わりなく、ほめられてこそ、認められてこそ、伸び伸びできるのですね。こんなふうに自分の体で「わかった!」って得られた経験を忘れないで暮らしていきたい。誰かのスペシャルを嗅ぎ分けたら、すかさずわたしも声に出して認めよう。
ただいま…
2005年9月9日ようやくまたポツポツ書こうかな…と思えるような状況になりました。マシンではなくてマウスの調子が悪かったみたい。さっさと取り替えればこんなにさっさか動くじゃないですか。もう。
でもねネットにつながることができなかったことよりも
二胡がこわれちゃったこと
これが一番こたえておりました。
今日これから直していただけそう。
うれしい
うれしい
うれしい!
でもねネットにつながることができなかったことよりも
二胡がこわれちゃったこと
これが一番こたえておりました。
今日これから直していただけそう。
うれしい
うれしい
うれしい!
マシンがこわれてしまうかも! 今もおっかなびっくり使っています。こわれる前に誰しもが言うでしょう?「う〜ん、やな感じ…」って。さっき夫がそうつぶやいていたので、もしかしたらホントにだめかも。仕事がたまっているのに。きぃ〜!
煮物ができました
2005年9月3日
ヘチマのような外見から最初は「サラダ用」かと想像したんだけど、この宿儺南瓜のお味は「ザ・キング・オブ・カボチャ」! 甘みが強く非常になめらかな舌触り。わたしはイモでもマメでもカボチャでも、ポクポクした食感のできあがりが苦手。煮物を作るときには、最初から全ての調味料(特に砂糖を使わずハチミツを使うのがポイント)を冷たいうちに合わせ、コトコト煮ていきます。そうするとねっとりつやつやに煮上がり、よい箸休めになります。