月の光に導かれ
2007年10月30日毎月、月の使者が近づくと、猛烈に模様替えや片付け物をしたくなる。約一週間の間、ひまさえあればあちこちをひっくり返して大掃除。こうなると同じ家に住んでいるものたち(の中であたしの言動に興味がある数人)は思う「あの人もうじきアレになるんだわ」。
子ども部屋を一緒に片付けて、リビングを模様替えして、靴下未亡人の元に死んだはずのだんな様(はぐれ靴下)を届けて、とにかくいらないものを捨てて捨てて捨てて。夜は末娘よりも早く眠りに落ちる。
乗りに乗ってきたいいところで生理が来て、床に倒れ臥す。そしてまた1ヶ月のルーティンが始まる。だからいつも部屋が片付かないんだな。あとそれから、子どもたちや母にうまく仕事を振らないからいけないんだ。分担してみんなでやらないと。本当にもう同じことの繰り返しに飽き飽きだ。
もう変える。変わる。
子ども部屋を一緒に片付けて、リビングを模様替えして、靴下未亡人の元に死んだはずのだんな様(はぐれ靴下)を届けて、とにかくいらないものを捨てて捨てて捨てて。夜は末娘よりも早く眠りに落ちる。
乗りに乗ってきたいいところで生理が来て、床に倒れ臥す。そしてまた1ヶ月のルーティンが始まる。だからいつも部屋が片付かないんだな。あとそれから、子どもたちや母にうまく仕事を振らないからいけないんだ。分担してみんなでやらないと。本当にもう同じことの繰り返しに飽き飽きだ。
もう変える。変わる。
仕事の前に、ちょっと裁判所に寄って家事相談して…別の日にはちょっと申し立てして…みたいな暮らし。幾重にも重なった生活様式の中をつぃーっと泳いだり、訳のわからない道理をがなりたてる人々の中で迷子になったり、娘の目の力が弱まっていることに気づいて両肩を捕まえ光を注入したり。音楽が映像がロスが、あたしの生活から消えつつある。自分が選んだことなので、どうしてそうなるのかはわかっている。納得してもいる。しかし時々やるせない。
じゃあ泣いちゃう? じゃあどっか行っちゃう? しゃがんじゃう?
いやいや諦めるのにはまだ早い。そんなことしてるひまがあったら、まぁまず変なマンガ読んで笑いましょう。あたしんちでもNG出るくらいエッチでくだらないマンガ。涙が出るほど笑ったらちっとはスッキリしてるでしょう。
他人の前で気持ちを昂ぶらせて物を言い、眠って忘れたらいけない。到達したい(させたい)地点を目指して、効率的な伝え方を考えないと意味がない。表情や言葉を通して心は透ける。あたしが今、逆の立場で受けている教え。感情に流されず、ピキーンと張り詰めた人々をそっと観察するのです(自分に言い聞かせ…)。
じゃあ泣いちゃう? じゃあどっか行っちゃう? しゃがんじゃう?
いやいや諦めるのにはまだ早い。そんなことしてるひまがあったら、まぁまず変なマンガ読んで笑いましょう。あたしんちでもNG出るくらいエッチでくだらないマンガ。涙が出るほど笑ったらちっとはスッキリしてるでしょう。
他人の前で気持ちを昂ぶらせて物を言い、眠って忘れたらいけない。到達したい(させたい)地点を目指して、効率的な伝え方を考えないと意味がない。表情や言葉を通して心は透ける。あたしが今、逆の立場で受けている教え。感情に流されず、ピキーンと張り詰めた人々をそっと観察するのです(自分に言い聞かせ…)。
曇りのない幸せのこと
2007年10月18日あるとき、この間まで夫だった人がいいました「男の子がほしいな。キャッチボールがしたいから」。残念ながらあたしは女の子ばかり4人産んだわけですが、なんで女の子じゃキャッチボールができないなんて考えちゃうんだ。
近頃、夜のとばりがおりてから、子どもたちと犬とでサッカーをして遊んでいる。あたしにとって曇りのない幸せとは、子どもと犬が同時に笑っていること。ドッグランではないただの広場なので「騒がず・長いリードをちゃんとつけて」のエチケットを守るべく、声や笑いをみんなかみ殺しながら遊んでいる。犬も子どももあたしも走る走る。ボールひとつでどうしてこんなに楽しいんだ!というくらいおもしろい。こういうのはすごくいい。「〜で」「〜だから」という理由のない大笑い。
生活といううすのろを乗り越えて、そういうことを求めて生きていたら、あんまり間違いじゃない気がする。
近頃、夜のとばりがおりてから、子どもたちと犬とでサッカーをして遊んでいる。あたしにとって曇りのない幸せとは、子どもと犬が同時に笑っていること。ドッグランではないただの広場なので「騒がず・長いリードをちゃんとつけて」のエチケットを守るべく、声や笑いをみんなかみ殺しながら遊んでいる。犬も子どももあたしも走る走る。ボールひとつでどうしてこんなに楽しいんだ!というくらいおもしろい。こういうのはすごくいい。「〜で」「〜だから」という理由のない大笑い。
生活といううすのろを乗り越えて、そういうことを求めて生きていたら、あんまり間違いじゃない気がする。
誰のせいでもありゃしない
2007年10月18日カルマ(業)を落とす、ってなんなんでしょうね。いやいや、尊敬する方との雑談の中で、あたしの働いている場所は「カルマ落としの場所なんじゃないかと思った」という話が出たので考えているんです。
「カルマ落とし」という言葉は、例の宗教家がさかんに使っていたので、なんとなく一般の人も「こんな意味かな」という知識を持つようになった用語です。かの宗教集団にいた医師の著作「オウムと私」の中で、彼も自分と家族のカルマを落とそうと必死でした。そういえばあたしの実父も一時どっかの気功師の元に通って「お父さんとみゆきの分のカルマはもう落としてもらった」と清らかな笑みを浮かべていたこともありました。あたしの分は?お父さん…。本当は妹の何倍も業が深いのに、父はそれを知ってか知らずか、あたしのことは頼んでくれなかったのでした。
しかしながら、結局父の「今日から生まれ変わったぞ」という笑顔も長くは続かず、やはり彼は荒野をキチキチ飛び回るショウリョウバッタのような生き方をしているのですし、彼が荷を下ろしたのかどうか、幸せなのかどうか、結局死んでみないとわからないことみたいなのです。
ところで父が落としたかった業、あたしが落としたい業ってなんでしょう。落とした後、どうなりたいのでしょう。何にも心乱されず、平安な世界で優しく微笑みながら暮らすことでしょうか。自分の意図とは別に人生がくねくねしないことを望むのでしょうか。わかんないわかんない。なんか生きるのってしんどいわぁって思うけど、わからない。
なにはともあれ、あたしの場合、カルマうんぬんかんぬんは職場より家族。そもそも家族の数が多いほどいろんな宿題を溜め込んでいる証だってうすうす気づいていました。家族って逃れられない濃い関係を結んでいる存在です。解くべき謎や宿題が最優先事項としてはさまってるんでしょう。おそれずに悪びれず、キチキチ飛んでまいりましょう。誰のせいでもありゃしない。明日を案じたりはしない、そんな犬のようにまいりましょう。
「カルマ落とし」という言葉は、例の宗教家がさかんに使っていたので、なんとなく一般の人も「こんな意味かな」という知識を持つようになった用語です。かの宗教集団にいた医師の著作「オウムと私」の中で、彼も自分と家族のカルマを落とそうと必死でした。そういえばあたしの実父も一時どっかの気功師の元に通って「お父さんとみゆきの分のカルマはもう落としてもらった」と清らかな笑みを浮かべていたこともありました。あたしの分は?お父さん…。本当は妹の何倍も業が深いのに、父はそれを知ってか知らずか、あたしのことは頼んでくれなかったのでした。
しかしながら、結局父の「今日から生まれ変わったぞ」という笑顔も長くは続かず、やはり彼は荒野をキチキチ飛び回るショウリョウバッタのような生き方をしているのですし、彼が荷を下ろしたのかどうか、幸せなのかどうか、結局死んでみないとわからないことみたいなのです。
ところで父が落としたかった業、あたしが落としたい業ってなんでしょう。落とした後、どうなりたいのでしょう。何にも心乱されず、平安な世界で優しく微笑みながら暮らすことでしょうか。自分の意図とは別に人生がくねくねしないことを望むのでしょうか。わかんないわかんない。なんか生きるのってしんどいわぁって思うけど、わからない。
なにはともあれ、あたしの場合、カルマうんぬんかんぬんは職場より家族。そもそも家族の数が多いほどいろんな宿題を溜め込んでいる証だってうすうす気づいていました。家族って逃れられない濃い関係を結んでいる存在です。解くべき謎や宿題が最優先事項としてはさまってるんでしょう。おそれずに悪びれず、キチキチ飛んでまいりましょう。誰のせいでもありゃしない。明日を案じたりはしない、そんな犬のようにまいりましょう。
いつもすみませんありがとう
2007年10月15日コメント (2)忙しいなぁ。でも何が忙しいんだろうか。ありがとうをたくさん伝えるべき人に甘え、知らぬふりを決め込み暮らしている。
おいしいお茶をありがとう。手伝ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。支えてくれてありがとう。慕ってくれてありがとう。手紙をくれてありがとう。あたしを思い出してくれてありがとう。
誰かが言ってたなぁ「結局あたしたちに一番必要なのって事務処理能力だと思う」。本当にね。その能力を意識せずに使い、こまめにあちこちに間をおかずいろんな形で「ありがとう」とか「気に掛けています」とか「元気ですか」とか「会いたいな」って伝えられたらいいなぁ。短い手紙、気の利いたメール、心のこもったお品物、優しい握手、「最近どう?」温かな声。礼を失せず誰とでも長く縁を結んでいけるに違いない。
それをしないあたしを許してくれている人びと。気長で世話好きで大らかな。ありがとうございます、心から。あとそれから。あたしを放っておいてくれる人にもありがとう。
おいしいお茶をありがとう。手伝ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。支えてくれてありがとう。慕ってくれてありがとう。手紙をくれてありがとう。あたしを思い出してくれてありがとう。
誰かが言ってたなぁ「結局あたしたちに一番必要なのって事務処理能力だと思う」。本当にね。その能力を意識せずに使い、こまめにあちこちに間をおかずいろんな形で「ありがとう」とか「気に掛けています」とか「元気ですか」とか「会いたいな」って伝えられたらいいなぁ。短い手紙、気の利いたメール、心のこもったお品物、優しい握手、「最近どう?」温かな声。礼を失せず誰とでも長く縁を結んでいけるに違いない。
それをしないあたしを許してくれている人びと。気長で世話好きで大らかな。ありがとうございます、心から。あとそれから。あたしを放っておいてくれる人にもありがとう。
よっぽど確かな存在
2007年10月12日自転車での通勤を再開してしばらく経つ。道の上に脇に頭上に様々なものを見つける。もこもこ走る毛虫、案外近くまで寄っても平気なスズメたち。死んで日々水分を失っていくヒキガエル。ホバリングしながら蜜吸う星蜂雀。ベニカナメの植え込み奥に透けて見えていた曼珠沙華の群生は見頃を終えた。夕暮れの時間が日に日に早くなる。こうもりが輪を描いているのをのんびり見られるのもあと少しのこと。まるいのや細長いおびただしい数のどんぐりを踏み付けながらあたしは走る走る。
気持ちよく坂道を降りる。「この坂を帰りには上がんなくっちゃいけないのか」とかいうつまらないことは考えない。「坂道を上がるのに苦労したから帰りに楽ができるよね」というくだらないことも考えない。ひゃっほうと降りてうんしょうんしょと上がるだけ。
物事に意味を見いださずに生きるのはつまらない。だけどこじつけすぎたら本当に疲れる。あれこれ考えないで今はいいです。またそのうちにどこかのベンチに座って、自分の背負っている経験リュックの中からピースを取りだし並べてみよう。こんなのいらないって思っていたやつが、思いがけず探していたピースで、ピッタリの置き場所があったら言うんでしょう?「世の中に無駄なことなんかない」と。
そういえば自転車を漕ぎながら最近気がついたことがある。
金木犀のこと。どうして毎年この花が咲くと切ない気持ちになっていたのかわかったみたい。それはこの花のことが好きすぎて、すぐに来る別れが(本当にあっという間に散る)悲しかったから。花が咲く前から花の散ることが悲しかった。
でも考えてみれば丈夫な木犀が枯れることなどほとんどなく、彼らのほうがあたしよりもよっぽど「確か」な存在なのだった。毎年同じ時期に花を咲かせる約束をよく守る。あたしは安心していていいんだとわかったから、もう今年から胸をきゅんとさせないで、にっこり笑いながら木の下で深呼吸してればいい。今年が終わったらまた一年後を半ば忘れながら待てばいい。
悲しいことや難しそうなこと、いろんなことは本当は簡単なことなのかもしれないのでした。
気持ちよく坂道を降りる。「この坂を帰りには上がんなくっちゃいけないのか」とかいうつまらないことは考えない。「坂道を上がるのに苦労したから帰りに楽ができるよね」というくだらないことも考えない。ひゃっほうと降りてうんしょうんしょと上がるだけ。
物事に意味を見いださずに生きるのはつまらない。だけどこじつけすぎたら本当に疲れる。あれこれ考えないで今はいいです。またそのうちにどこかのベンチに座って、自分の背負っている経験リュックの中からピースを取りだし並べてみよう。こんなのいらないって思っていたやつが、思いがけず探していたピースで、ピッタリの置き場所があったら言うんでしょう?「世の中に無駄なことなんかない」と。
そういえば自転車を漕ぎながら最近気がついたことがある。
金木犀のこと。どうして毎年この花が咲くと切ない気持ちになっていたのかわかったみたい。それはこの花のことが好きすぎて、すぐに来る別れが(本当にあっという間に散る)悲しかったから。花が咲く前から花の散ることが悲しかった。
でも考えてみれば丈夫な木犀が枯れることなどほとんどなく、彼らのほうがあたしよりもよっぽど「確か」な存在なのだった。毎年同じ時期に花を咲かせる約束をよく守る。あたしは安心していていいんだとわかったから、もう今年から胸をきゅんとさせないで、にっこり笑いながら木の下で深呼吸してればいい。今年が終わったらまた一年後を半ば忘れながら待てばいい。
悲しいことや難しそうなこと、いろんなことは本当は簡単なことなのかもしれないのでした。
焦げ茶縞模様子猫さん
2007年10月9日今日は何月何日ですか。10月9日? 知らぬ間に時が移ろっているんですね。そういえば、行けども行けども金木犀の香りに包み込まれる。この花を大好きでよかった。きらいならとても辛い季節にちがいない。
どうしたもんだろう?と思いながらも、7月に勤め始めたところでまだ働いています。最初は月に二万円分ほどの賃金でしたが、今月からは末っ子を幼稚園に18:00まで預かってもらえるように頼んで、前より長い時間・多い日数勤めています。仕事の合間に窓の外をふと見やると、焦げ茶の縞模様した子猫が風に揺れる草にじゃれついたり、白い蝶を飛び上がって捕まえて食べていたりする。ひまを見つけて体中をなで回すと、必ず手をチカッと噛んできます。これまでの噛まれ方を分析すると、あたしたちにはまだ未来がありそう。彼は「また触ってきなよ。また遊んでやるから」と思っていて、あたしは「もっと強く噛んでみなよ。本性現しちゃうから」と思っています。近く流血沙汰になったあたしが、仕事を早引けして帰る日があるかもしれない。ないかもしれない。ね。だから未来がありそうでしょう。
要領が悪く、また容量の少ないあたしは、日々てんてこ舞いですが大変元気。いろんな種類の愛に包まれているような気がしながら(錯覚かな)やるべきことをちょっぴりずつ取りこぼしてはいるものの、概ね落ち着いて暮らしています。落ち着いてる場合じゃないんだけど、仕方ない。ジタバタしてもあたしひとりの力だけで物事をガラッと変えるのは無理なんですから。言い訳?かも知らん。
みなさまもお元気で。
どうしたもんだろう?と思いながらも、7月に勤め始めたところでまだ働いています。最初は月に二万円分ほどの賃金でしたが、今月からは末っ子を幼稚園に18:00まで預かってもらえるように頼んで、前より長い時間・多い日数勤めています。仕事の合間に窓の外をふと見やると、焦げ茶の縞模様した子猫が風に揺れる草にじゃれついたり、白い蝶を飛び上がって捕まえて食べていたりする。ひまを見つけて体中をなで回すと、必ず手をチカッと噛んできます。これまでの噛まれ方を分析すると、あたしたちにはまだ未来がありそう。彼は「また触ってきなよ。また遊んでやるから」と思っていて、あたしは「もっと強く噛んでみなよ。本性現しちゃうから」と思っています。近く流血沙汰になったあたしが、仕事を早引けして帰る日があるかもしれない。ないかもしれない。ね。だから未来がありそうでしょう。
要領が悪く、また容量の少ないあたしは、日々てんてこ舞いですが大変元気。いろんな種類の愛に包まれているような気がしながら(錯覚かな)やるべきことをちょっぴりずつ取りこぼしてはいるものの、概ね落ち着いて暮らしています。落ち着いてる場合じゃないんだけど、仕方ない。ジタバタしてもあたしひとりの力だけで物事をガラッと変えるのは無理なんですから。言い訳?かも知らん。
みなさまもお元気で。
ひと月ほど前に出会った中国茶の本を大事にしている。大事にする、というのは、きれいに取っておくということではない。持ち歩いて使い込んで書き込んでぼろぼろにすることだ。今日は、本の作者が営む茶房で「大紅袍」という希少なお茶を初めて味わい、そのページに感想を書き込んだ。
岩山の上に土もなく生える茶木から採れる茶葉はあまり多くはなく、ましてや最高級の茶葉はさらに少ない。ちまたに大紅袍を名乗る偽茶も多く出回っているそうで、味わうなら絶対にこの茶房に行こうと決めていた。
作者の大紅袍に対する表現は少々大げさなのでは?と思いながら最初のうちは飲んでいたのだけど…三煎目を飲んだあたりから体に異変が。のんびりと猫を眺めながらくつろぎ店を後にしてからまたさらなる異変が。明らかに酔いの症状に見舞われびっくり。
今日は著者と世間話しかできなかった。また「きいてみたいこと」のことで少し考える。訊いてみたいことが心の中で明確になったら、溢れ出すようにお話ししてみたい、いつか。
岩山の上に土もなく生える茶木から採れる茶葉はあまり多くはなく、ましてや最高級の茶葉はさらに少ない。ちまたに大紅袍を名乗る偽茶も多く出回っているそうで、味わうなら絶対にこの茶房に行こうと決めていた。
作者の大紅袍に対する表現は少々大げさなのでは?と思いながら最初のうちは飲んでいたのだけど…三煎目を飲んだあたりから体に異変が。のんびりと猫を眺めながらくつろぎ店を後にしてからまたさらなる異変が。明らかに酔いの症状に見舞われびっくり。
今日は著者と世間話しかできなかった。また「きいてみたいこと」のことで少し考える。訊いてみたいことが心の中で明確になったら、溢れ出すようにお話ししてみたい、いつか。
気の早い桂花三本さん
2007年9月21日コメント (1)昨朝の散歩時、どこかから金木犀の香りがしてきた「もうそんな時期?」。今朝、花の香に導かれるまま犬と歩き、3本の銀木犀が開花しているのを発見。しばらく木の下に佇み、小さな花と香りを楽しむ。
木犀は中国原産。中国では金木犀が「丹桂」、銀木犀は「桂花」。今まで金木犀を桂花だと思っていたけど、本当は違うんだった。枝の刈り込み加減、その時期、日照状況によって開花の時期はかなり違うんだろう。窓の外の「丹桂」のつぼみはまだ小さく固く開く様子もない。
とりあえず今年もこんな季節になりましたねという世間トーク。
木犀は中国原産。中国では金木犀が「丹桂」、銀木犀は「桂花」。今まで金木犀を桂花だと思っていたけど、本当は違うんだった。枝の刈り込み加減、その時期、日照状況によって開花の時期はかなり違うんだろう。窓の外の「丹桂」のつぼみはまだ小さく固く開く様子もない。
とりあえず今年もこんな季節になりましたねという世間トーク。
あんたいけんじゃろうが
2007年9月20日あんた、いけんじゃろうが。離婚なんかしてお母さん泣かせるようなことしてからに。
お母さんを喜ばせるために結婚したわけじゃないから仕方ないんだよ、おばあちゃん。
お母さんを喜ばせるために結婚したわけじゃないから仕方ないんだよ、おばあちゃん。
坂道でやせ我慢の君へ
2007年9月15日友よ、元気ですか。ここのところ自転車に乗りながら、君のことを思い出す時間が増えている。仕事場への行き帰り、坂道を上がるとき「ギアを落とさない」とやせ我慢をし、坂道を下る時「生きててよかった」と単純に思う、その合間に君が時々頭をよぎる。
最近のあたしは焦燥に駆られる時間が減り、どこかふてぶてしいくらい泰然と生きている。自分ではそう感じているけれど、きっと君に言わせれば、あたしは相変わらずなんだろう。君から見える部分、見えない部分、ひっくるめて「この人ときたらどうしてこんなに…」と心の中で首を傾げながら、けれども笑顔で君はあたしと対話する。できるだけ重くならないように、できるだけさりげない形で、あたしの心に届くなにかをきっと投げてくるんだろう。そしてあたしはそれを受け取らないで、わざと地面に取り落とす。
だから会わないよ。「どお?」なんて様子伺いのメールもしない。
でもきみとその周辺の人々の幸せと健康をこうして時々祈ってます。そして坂道でやせ我慢のきみの真似してペダル漕ぐ。あたしがいきいきと正直に胸張って、中も外も全部視られてもいいときが来たら(多分もうすぐ)君はまたあたしに不思議なオレンジ色した模様を見せてくれるか。
元気でいて。
最近のあたしは焦燥に駆られる時間が減り、どこかふてぶてしいくらい泰然と生きている。自分ではそう感じているけれど、きっと君に言わせれば、あたしは相変わらずなんだろう。君から見える部分、見えない部分、ひっくるめて「この人ときたらどうしてこんなに…」と心の中で首を傾げながら、けれども笑顔で君はあたしと対話する。できるだけ重くならないように、できるだけさりげない形で、あたしの心に届くなにかをきっと投げてくるんだろう。そしてあたしはそれを受け取らないで、わざと地面に取り落とす。
だから会わないよ。「どお?」なんて様子伺いのメールもしない。
でもきみとその周辺の人々の幸せと健康をこうして時々祈ってます。そして坂道でやせ我慢のきみの真似してペダル漕ぐ。あたしがいきいきと正直に胸張って、中も外も全部視られてもいいときが来たら(多分もうすぐ)君はまたあたしに不思議なオレンジ色した模様を見せてくれるか。
元気でいて。
馬のいななき草原の風
2007年9月10日馬頭琴やホーミー、トフシュールなどなど、モンゴルを初体験してきた。目を閉じて聴いていると、いななきながら駆けていく馬、草原を渡る風、モンゴル人らしさを失わないで生きている人々の、しなやかな強さが伝わってくる。彼らの心の根底には誇りと愛と絆の川がゆったりしっかり流れている。
やっぱり音楽は録音したものより生で聴くのが一番。おなかの底があたたまり、震え、満面の笑みがあふれ出る。
むすめたちは強くなった。様々なものや場所を楽しむために、不平を言わずてくてく歩くことも覚えた。大きくなったね。もう少し大きくなるまでいろんなところへ一緒に行こう。誇りと愛と絆の泉を心の底に湛えるための小さな旅をたくさんするのさ。それを栄養にしてどこへでも飛んでいきなさい。いななきながら駆けてゆきなさい。
やっぱり音楽は録音したものより生で聴くのが一番。おなかの底があたたまり、震え、満面の笑みがあふれ出る。
むすめたちは強くなった。様々なものや場所を楽しむために、不平を言わずてくてく歩くことも覚えた。大きくなったね。もう少し大きくなるまでいろんなところへ一緒に行こう。誇りと愛と絆の泉を心の底に湛えるための小さな旅をたくさんするのさ。それを栄養にしてどこへでも飛んでいきなさい。いななきながら駆けてゆきなさい。
気がかりは山鳩と無花果
2007年9月7日
幼い頃、母方の祖父がはにかんだ笑顔を浮かべながら、しかしいつも無言のままに手渡してくれた無花果。当時あたしは無花果が大の苦手だった。受け取ってひとくち囓っては、ほったらかしにしていたのに違いない。30年後の今は、見かけるとすぐに買い物かごに入れる大好きな果物になっている。おじいちゃん、あの頃は、好意を無駄にしてごめん。
今朝はお弁当のおかずの残りをつまんだあと、熟した無花果を食べた。赤ワイン煮を作ろう作ろうと思うけど、いつも生のまま食べて終わってしまう。安く出回っている今が作るチャンスだ。今年こそ、女の体にいいことづくめ(食物繊維・カリウム豊富・鉄分やカルシウムなども含まれる)の無花果を甘く煮て、冷凍庫に閉じこめる。冬の間、半解凍のそれをファンヒーターの熱風に当たりながら時々食べる。オトナの愉しみだ。自分で自分にご褒美や甘い罠を段取って仕掛けるいやらしい(いやしい)愉しみ。他人を頼まず、自分で自分に仕掛けてやらねばならぬ切ない悲しみ。
台風一過。
あたしの気がかりは、山鳩のこと。
水曜日、あくせくと角を曲がるとき、一羽の山鳩に遭遇。フェンスの上に止まっていた鳩とあたしの顔の距離は数十センチ。年をとって少しは丸くなって、鳥も逃げぬほどあたしからは殺気が消えたかと思ったけど、そうではなく、彼(おそらく)は、フェンスの脇にある梅の木に掛けられた巣で卵を抱える妻を、護っているのだということにすぐ気づく。巣には紺色の傘が差し掛けられたまま、ひもで固定されていたけど、なにせこの風雨。ご夫妻と卵は無事だろうか。あとでのぞきに行ってみよう。
今朝はお弁当のおかずの残りをつまんだあと、熟した無花果を食べた。赤ワイン煮を作ろう作ろうと思うけど、いつも生のまま食べて終わってしまう。安く出回っている今が作るチャンスだ。今年こそ、女の体にいいことづくめ(食物繊維・カリウム豊富・鉄分やカルシウムなども含まれる)の無花果を甘く煮て、冷凍庫に閉じこめる。冬の間、半解凍のそれをファンヒーターの熱風に当たりながら時々食べる。オトナの愉しみだ。自分で自分にご褒美や甘い罠を段取って仕掛けるいやらしい(いやしい)愉しみ。他人を頼まず、自分で自分に仕掛けてやらねばならぬ切ない悲しみ。
台風一過。
あたしの気がかりは、山鳩のこと。
水曜日、あくせくと角を曲がるとき、一羽の山鳩に遭遇。フェンスの上に止まっていた鳩とあたしの顔の距離は数十センチ。年をとって少しは丸くなって、鳥も逃げぬほどあたしからは殺気が消えたかと思ったけど、そうではなく、彼(おそらく)は、フェンスの脇にある梅の木に掛けられた巣で卵を抱える妻を、護っているのだということにすぐ気づく。巣には紺色の傘が差し掛けられたまま、ひもで固定されていたけど、なにせこの風雨。ご夫妻と卵は無事だろうか。あとでのぞきに行ってみよう。
無邪気で無償の愛
2007年9月5日くちびるのぶつぶつが水疱化する前に、薬効成分が体内を駆け抜ける。薬はあたしの体の中にある良い菌も悪い菌も一網打尽にやっつける。月のものが今朝訪れたことも原因のひとつなんだろうけれど、大変体がだるい。ふぅ。
あたしの猫は、近頃、子ども部屋に棲み着いている。昨日、子どもが学校に行っている間、片付けをしていると、猫毛がたっぷりと付いたあたしの衣類を発見。どうやらそこが今、猫の寝床であるらしい。以前より接点が少なくなったので、ねーちゃんの「愛に煙ったアイビーム」を受けることが減っていたけど、あたしは今もきちんと愛されていると実感する。というか、猫は犬に地位を追われてさみしがっていることに気づいた。なんといじらしいやつ。
犬たちもあたしが着用した衣類を洗濯籠から出してきては弄ぶ。「だめよ」と言っては片付け「やめてよ」と言っては籠に戻すけれど、また床に落ちているのはあたしの靴下であることが多い。誰かにとってはきったな〜いあたしの着用済み衣類が、彼らには愛しい布地。
動物はかわいい。
あたしの猫は、近頃、子ども部屋に棲み着いている。昨日、子どもが学校に行っている間、片付けをしていると、猫毛がたっぷりと付いたあたしの衣類を発見。どうやらそこが今、猫の寝床であるらしい。以前より接点が少なくなったので、ねーちゃんの「愛に煙ったアイビーム」を受けることが減っていたけど、あたしは今もきちんと愛されていると実感する。というか、猫は犬に地位を追われてさみしがっていることに気づいた。なんといじらしいやつ。
犬たちもあたしが着用した衣類を洗濯籠から出してきては弄ぶ。「だめよ」と言っては片付け「やめてよ」と言っては籠に戻すけれど、また床に落ちているのはあたしの靴下であることが多い。誰かにとってはきったな〜いあたしの着用済み衣類が、彼らには愛しい布地。
動物はかわいい。
ぶつぶつをやっつけるために
2007年9月4日家の前にできた小さな川について工事の人と話したり、クレーンがばっきり折れた!工事会社けしからん!と激昂する自治会老人の口の泡を眺めたり、友人の危うく離婚バトル物語を聞いたり、子どもが母さんの財布から1万円抜いてカードを大人買いしちゃった話を聞いたり、ダグ(牛のようにでかい犬)のやんちゃ話に腹をかかえていたりしたら、いちにちはあっという間に過ぎていった。朝起きて、あとたったの「。」だけで完成して送信できるはずだった昨夜のメールを発見する。あたしに物事を静かに落ち着いて考える時間は訪れるのだろうか。
疲れたときにできるくちびるのぶつぶつをさっき見つけた。早く薬をのまないと、2週間くちびるにかさぶたを貼り付けたままになる。いやだけど午後は病院に行こう。
疲れたときにできるくちびるのぶつぶつをさっき見つけた。早く薬をのまないと、2週間くちびるにかさぶたを貼り付けたままになる。いやだけど午後は病院に行こう。
静寂をガガガガガ
2007年9月3日母はヒバゴンの里へ帰省中。ヒバゴン、知りませんか。ヒバゴンというのは、http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒバゴン こういうもんですわ。母方の一族は、戦国時代の末期、九州から広島の山奥へ引っ込んだ。あたしが目を閉じて想う田舎は、類人猿の目撃情報が飛び出してしまうような山中。人よりも木のほうが多いに違いない場所。
むすめたちはまたそれぞれの義務をこなしにそれぞれの場所へ行った。
あたしもやりたいこととやんなくちゃいけないことを今からやろう。まずはお皿を洗っておこう。あと1時間で給水が止まるから。実は前の道路に2日前から小さな川ができてるんだ。どうやら水道管が劣化して漏水しているらしい。今はせっかくの静寂をガガガガガと破って機械がアスファルトをめくり返している。
むすめたちはまたそれぞれの義務をこなしにそれぞれの場所へ行った。
あたしもやりたいこととやんなくちゃいけないことを今からやろう。まずはお皿を洗っておこう。あと1時間で給水が止まるから。実は前の道路に2日前から小さな川ができてるんだ。どうやら水道管が劣化して漏水しているらしい。今はせっかくの静寂をガガガガガと破って機械がアスファルトをめくり返している。
沈思黙考湯冷め中
2007年9月2日じっと座っていると鳥肌が立つような夕暮れ。蝉が力をふりしぼって鳴いている。卵を無事に産み落とすため、狂ったように蚊は血を求める。降るごとに、雨は秋を連れてくる。クローゼットから毛布を引っ張り出した。急に涼しくなった。もう窓を開け放したまま眠れない。
明日からまた生活のリズムが変わる。「もどる」のではなく、変わる。常に人も物も変わる。それが当たり前なのに、なぜきみはそれを認めない。
明日からまた生活のリズムが変わる。「もどる」のではなく、変わる。常に人も物も変わる。それが当たり前なのに、なぜきみはそれを認めない。
冷凍されているものをレンジで温めて食べさせてもらったのが、花巻を食べた一番最初だった。真っ白で、少し甘くて、幾層にも折り重なった生地の滑らかさ。この折り重なった生地を指で少しずつ剥がしながら、おかずやスープと味わう朝ご飯は、本当においしかった。
舌や鼻や耳、体が記憶している「いいもの」は、厄介だ。いつも同じ「いいもの」を要求してくる。この間作った花巻に自分自身が満足しなかったのは、ふくらみとなめらかさが足りなかったから。先日中華料理屋で注文した花巻は、自分が作ったものと生地やふくらみ方は大体同じだった。手作りってこの程度が基準値なのだろうか。
昨日、夕食が終わった後、思い立ってもういちど花巻を作る。まだ生地は生のまま。あとで子どもたちが起きてきたら蒸して、冬瓜と鶏肉のスープと一緒に食べる。デザートは杏仁豆腐。さて今日の出来はどうでしょう。
舌や鼻や耳、体が記憶している「いいもの」は、厄介だ。いつも同じ「いいもの」を要求してくる。この間作った花巻に自分自身が満足しなかったのは、ふくらみとなめらかさが足りなかったから。先日中華料理屋で注文した花巻は、自分が作ったものと生地やふくらみ方は大体同じだった。手作りってこの程度が基準値なのだろうか。
昨日、夕食が終わった後、思い立ってもういちど花巻を作る。まだ生地は生のまま。あとで子どもたちが起きてきたら蒸して、冬瓜と鶏肉のスープと一緒に食べる。デザートは杏仁豆腐。さて今日の出来はどうでしょう。
公園で豆食う鳩のように
2007年8月31日 趣味
夜、長女を迎えに行ったついでに、24時間営業のなんでも屋に行く。切らしてしまったお米、気に入りのキムチ(最近ここにしか売ってない)、長女の好きなお菓子を数種類、杏仁豆腐に入れるフルーツの缶詰、それからこの夏の思い出ハニーローストピーナッツ(写真は違うメーカーのもの。青いフタのやつが好き)も買った。
このピーナッツ、どこか懐かしいなと思っていたら、母曰く、子どもの頃よく食べていたんだそうで。しばらく子どもたちと争うようにして缶に入ったそれを楽しく楽しく食べた。次女が「もうフタを閉めて!止まらない!」というまで、みんな公園で豆食う鳩のように一生懸命食べた。
今年は9月に入っても2日間の夏休みおまけがあって本当によかった。和やかに新しい学期に備えるとしましょう。
このピーナッツ、どこか懐かしいなと思っていたら、母曰く、子どもの頃よく食べていたんだそうで。しばらく子どもたちと争うようにして缶に入ったそれを楽しく楽しく食べた。次女が「もうフタを閉めて!止まらない!」というまで、みんな公園で豆食う鳩のように一生懸命食べた。
今年は9月に入っても2日間の夏休みおまけがあって本当によかった。和やかに新しい学期に備えるとしましょう。
クマゼミなのかミンミンゼミなのか。
今夜家の中に間違って飛び込んできて大騒ぎ。
最近、あたし、強くなりました。おとといはゴッキーをやっつけましたし、さっきはほうきで蝉を窓の外に追い立てました。
もっともっと強くなる。
今夜家の中に間違って飛び込んできて大騒ぎ。
最近、あたし、強くなりました。おとといはゴッキーをやっつけましたし、さっきはほうきで蝉を窓の外に追い立てました。
もっともっと強くなる。